返信先: ただの愚痴


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#882
アバターとくめいさん
ゲスト

今は昔
素晴らしい書き出しやな
今昔物語集みたいやけど
日本書紀みたいな編年体やで

1981年
はじめてコンピューターに触れる(年齢は内緒)
プログラミングはもちろん
紙テープが読める(知らんやろなー:大昔の初代ウルトラマンのコンピューターと同じや)
今でもその気になればフルマシン語(16進数)でプログラミングできる(めんどくさいけど)

1994年
まだWindows95ではなく
MSーDOS3.11が現役の時代
携帯電話がまだアナログで、持っているのは反社会勢力の人、セレブな人、新しもの好きな人でした
契約には30万円の保証金と3万円の基本料が必要でした
そして1分100円の通信料でした
携帯FAXも10万円位でしたね
通話先が160kmをこえると030を040にする必要がありました(今は080とか090)
パソコンが50万円の時代です
OSなんて別売りのMSーDOSやし表計算もワープロもそれぞれ6万円ぐらいしました
極めつけはデーターベースが28万円もしたんやで
そんな当時にアナログ携帯電話で大学の研究室につなぎいくつかの大学を経由して外国へつないでいた黎明期のころ、さすがはアメリカ、既にアフィリエイトが存在していました
その頃のWEBページは文法はいい加減やけど全文英語で書いていました。
それでも、世界中の新しもの好きな人たちからのアクセスが多くありました
おかげで、アフィリエイトの報酬もあり、とはいえUS$である程度貯まると$建て小切手が送られてきました
しかし、取り立て手数料が高く時間もかかるなど大変でした。(外国為替管理法)
結果手元にはわずかでした。
始めるのが数十年早かったんやなと悔やむで

1995年1月17日午前5時46分・・忘れへんで
阪神大震災発生
総理大臣が村山富市で兵庫県知事が貝原俊民で、後から知ったことやけど防衛省の自衛隊出動を断ったんや
後からの反省はアホでもできるんや。
なんにしてもこの阪神大震災ですべてを失いました
まさしく築き上げたものすべてが無になりました
よくぞ生きてあの建物から脱出できたものです
文字通り着の身着のままでしたね
避難所に物資が届いたのは20日でした
3日も経ってる
なにが届いたと思う?
ごはんとちゃうで
一人りんご1個やけど数が足らんかったんや
そんなん食べたら余計に腹減るわ
もらえんかった子にあげたわ
ここからが波乱万丈、七転八倒でした
ほとんど何もやる気になれずホームレスと言っても嘘にはならないです
夏になり一念発起
様々な地方を巡り様々な職に付きました
少しずつ階段を上り初めていきました

1996年
雪国では寒さのあまりお腹を壊しました

1997年
やっぱり雪国では寒さのあまりお腹を壊しました
勉強になったわ
雪国はあかん

1998年
その後も様々な地方を巡り様々な職に付きながらスキルを身につけていきました

2008年リーマンショック
仕事がなくなりまともに生活できる求人もない
振り出しにまた戻ってしまった

2009年
青信号の横断歩道を横断中に自動車に側面衝突され退職したため、示談にも応じず、また、金より命の重みを思い知らせるために相手はもちろん、相手の保険会社の担当者を弁護司法違反で提訴し全てに全面勝訴する
刑事事件の判決を根拠に民事訴訟を起こし勝訴する
裁判に関係する知識はこれが基礎で、この後にもありますがそれは内緒。
その後は勉強に専念しスキルを身につけていきました
リーマンショックの影響は長かった
なかなかまともな生活のできる仕事はなかったな

2013年
ある国家試験に合格する
これにて職の待遇を良くする

2020年
活ノートで遊ぶ(どうやって見つけたのか覚えてない・・・認知症やな)
活ノートで遊んでる罰として膝が痛い

どや
なかなかのもんやろ
まいったか
まいらんか
まいれや

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